第3話

第2章 白き女神の神殿 -1


 処刑台の逃亡劇から三日が経過した。

 青く広がる空の下、裏街道を行く二人の少年の姿があった。
 一人は漆黒の髪に漆黒の瞳で、年の頃は十四歳ほど。
 もう一人は、金髪にとび色の瞳を持った十一、二歳。

 漆黒の少年がぼやく。
「……よりによって相棒がニオとはな……」

 小さな声を受けて、金色の少年が返す。
「そんなこと言わないでさぁ。明るく楽しく行こうよ、フレイス」

 少年盗賊フレイスと、その仲間ニオ。
《闇夜の紅星(カーバンクル)》の二人は、本拠地である城下町グルスペンナを離れて、小さな旅の最中だった。
 ……とはいえ、目的地はさほど遠くはない。
 グルスペンナから歩いて数日ほどのところにある神殿に行くつもりである。

「でも、良かったのかな?」
 と、ニオが言う。
「グレイブスに黙って出てきちゃって」

 グレイブス――
 団長の名前を出されてフレイスは若干ひるんだが、しかし、すぐに開き直った。

「所在不明のあいつが悪い。
 本人が居ないんだから、許可の取りようが無いだろ。
 それに……」

 言いながら、フレイスは来た道を振り返った。
 三日前、夜のうちに出立したグルスペンナの外壁は、すでに見えなくなっている。

「それに、逃亡者の俺はしばらく町を離れた方がいいっていうのは、グレイブスの指示なんだろ?」
「そうだよ」
「じゃ、行き先くらいは自由さ」

 気楽にそう言ってみて、それでも、フレイスの顔は自然と引き締まった。
 本来は、警衛隊の追手から身を隠すための旅である。
 そこについでとばかりにもう一つの目的を付け足した。月色の少女リューネと灰色の男たちの一件を調べるのだ。

 リューネが名乗った際に聞いた『ダートゥム神殿』という場所名のみを頼りに、彼女の足取りをさかのぼるつもりだった。

(一応、ラリードが灰色の男たちのことを調べてくれるって言ってたけど……)

 アジトに残った仲間たちのことを考える。
 あの日のうちに、フレイスは全てを仲間たちに話していた(所在不明の団長には報告のしようがなかった)。
 自分が勝手に首を突っ込んだのだから、「忘れろ」と言われても文句は言えない……その覚悟はあったのだが、今のところ、一件を追うことに反対の意見は無い。
 それどころか、あくまで団長の許可が必要なさそうな範囲内ではあるが、手分けして情報を集めることになった。
 おそらく、他の皆も気になるのだろう。

 あの灰色の男たちは、一体、何者なのか。
 何を目的にリューネを追っているのか。

(……俺たちのグルスペンナで、何か得体の知れないものが動いている……)

 純粋な興味と、異物に対する不快感。
 そして、手も足も出せなかった敗北感。
 負けたままでは終われない。何より、一度助けようと決めた少女を、簡単に見捨てることはできない。

 ――自身が《闇夜の紅星(カーバンクル)》であるのなら――。

 決意を新たにしたところで、隣から鼻歌が聞こえた。
 緊張感の欠片も無い年下の仲間が視界に入る。
 ……誰がアジトに残るのかを厳選していった結果、最後に残った道連れ候補がニオだったのだ。

 フレイスは再度ぼやいた。
「……で、相棒がお前だもんなぁ」
「まーだ言ってる。ボクだって、ちゃんと役に立つんだからね」
「へぇ。例えば?」
「幸運」
 ……即答ときた。

 全くもって、憎めない弟分だ。
 良くも悪くも明るくて素直なこの少年を、このまま盗賊として導いて良いものか否か……時に判断に迷う。
 しかし、ニオもまた、れっきとした《闇夜の紅星》団の一員である。

 グルスペンナの片すみにある流民と犯罪者の吹き溜まり――《くず石(グラベル)》と呼ばれる地区で育ち、そして同じ志の下に集った、兄弟同然の仲間だ。

「フレイス、ほら見てよ。村だよ」

 道の先に見えてきた家々を指差してニオが歓声を上げる。
 目的地である神殿に最も近い村、キエト村だった。

 自然と歩調が速くなる。
 灰色の男たちの一件からすでに三日が過ぎている。
 のんびりしてはいられない……。

「よし。あそこに着いたら、さっそく――」
「昼寝をしよう!」
「――ばか、情報集めだよ!」

 相方にツッコミを入れつつ、フレイスは道行きを急いだ。


     * * *

 キエト村は騒がしかった。

「ニオ。何か、おかしくないか。
 もっとこう、物静かな村だと聞いていたんだが……」
「逃亡犯が来たって、知られたんじゃない?」
「まさか。……とにかく、様子を見よう」

 住人に姿を見られる前に、フレイスとニオは素早く身を隠した。
 民家の壁に身を寄せて、村の様子をうかがい見る。

 まず、嫌でも目についたのが、警衛兵の鎧姿だった。

 城下町などの要所とは違い、一般の町や村には通常、警衛隊は駐在しない。
 普段は自警団がその地を守り、対応しきれない事件が起こった場合にのみ警衛兵が派遣されることになっている。

 今、キエト村にいる警衛兵は、雰囲気から察すると十人弱……一小隊といったところだろう。村一つに寄越すにしては大げさな人数だ。

(何か、よほどの事件があったのか?)

 確かめたい衝動にかられる。
 しかし、のこのこと出て行って、もし手配書が回っていれば――と考えると、うかつに動くことははばかられた。

 フレイスがじれったい思いを抱えていると、
「何があったか、ちょっと聞いてくる!」
 好奇心で目を輝かせたニオが、止める間もなく飛び出して行った。

「ニオ!?」

 後を追うかどうか迷って、結局、隠れたまま見守ることにする。
 二人そろって姿をさらすよりも、万一マズイ事態に陥った時にサポートできるようにしておく方がいい。

(ニオだって盗賊だ。きっと上手く情報を盗み取って来れるはず)

 そんな先輩盗賊のハラハラした気持ちを知っているのかどうか。
 ニオは一直線に村の通りを駆けて行き、迷わず、一人だけ装飾の異なった鎧を身に着け帯剣している警衛兵に声を掛けた。

「こんにちは、警衛兵のおじさん!」

 ……警衛兵どころではない。彼は小隊長だ!

 不審な少年を相手に、何事かを答える警衛兵(小隊長)。
 明らかに怪しい者を見る顔つきだが、真っ向から対峙しているニオは全く動じる様子がない。

「何か事件ですか?」

 ……遠回しとは無縁の単刀直入な切り口!

 フレイスが身を隠している場所では、全ての会話はつかめない。
 ニオの元気な声のみが耳に届く。
 警衛兵からもいくつか問いかけがあったようで、フレイスには聴こえないその質問に、ニオはハキハキと答えていった。

「はい! さっき、キエトに着いたところです」

 ……どうやら、この村の住人ではないことを問われたらしい。

「まさかぁ。一人で旅なんてできないです!」

 ……他の十二歳ならともかく、ニオには不可能そうだ(しゃべり相手がいなくて寂しいという理由で)。

「えっと、兄さんです」

 ……一体、何の質問に答えている!?

 周囲を見回す警衛兵。
 ニオがこちらを指差す。

「後から来ます。ボクだけ走って来ちゃって」

 しばしの間。
 警衛兵の少し長め話に対して、大きく驚くニオ。

 やがて、

「ご親切にありがとうございました! 兄さんに事件のことを教えて、キエトを避けて通るように伝えます!」

 跳ねるように頭を下げたのを最後に、ニオが駆け戻ってくる。
 警衛兵の小隊長らしき男はニオの背を目で追うようなこともせず、さっさと自分の仕事に戻っていった。
 どうやら、素性はバレなかったらしい。

 ほっと息をつき、フレイスは弟分が帰ってくるのを待った。

「ただいま!」
 息を切らせたニオが隠れ場所に飛び込んでくる。
 その頭を、軽くこづいてやった。

「バカ。旅人だって言い切ったのなら、村を出るまで気を抜くな。
 民家の陰に飛び込む旅人がどこにいる」
「あ、そっか」

 頭を半分出して、今更ながらに通りの様子をうかがうニオ。
 フレイスはこっそりため息をつく。
(この調子じゃ、一人前にはほど遠いな……)
 まぁ、つい最近警衛兵に捕まったばかりのフレイスも、人のことは言えないが。

「それで? 何かつかめたか?」

 返ってきたのは満面の笑み。

「うん。ばっちりね!」
「上出来だ、未来の大盗賊!」

 弟分の頭をくしゃりと撫(な)でてから、踵(きびす)を返す。
 警衛隊がうろついている以上、この村にも長居はできない。

 こうして、二人の盗賊はキエト村を後にした。


     * * *

 神殿へと向かう道すがら、速足で進みながら、ニオは仕入れたばかりの情報をフレイスに伝えた。
 先ほどの笑顔から一転、とても固い表情で。

「ダートゥム神殿から人が消えたんだって。
 何日か前、たった一夜の間に、全員」

 追われていた少女と、灰色の男たち。
 そこに加わる不可解な事件の話。

 待ち望んだ鍵となるのか、
 それとも、ただの新たな謎となるのか――
 目指す神殿はもう、目の前だ。

前のページへ / 次のページへ